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安政東海地震 1854年、松本城天守が大破被害 管理事務所、城主・戸田家の古文書で確認 江戸期に火事、洪水も /長野

 江戸時代後期の1854年に起きた安政東海地震で、松本城天守などが大きな破損被害を受けていたことを、松本市松本城管理事務所が古文書から確認した。江戸中・後期に城下がたびたび大火や洪水に見舞われていたことも分かり、松本城が苦難の歴史を乗り越えて、今の姿を保ってきたことが古文書からうかがえる。【小川直樹】

 安政東海地震に関する記述は、松本城主・戸田家の功績を記した「戸田家文書」にあった。この資料は、民間の林業史研究機関、徳川林政史研究所(東京都)が所蔵していた。松本城管理事務所の後藤芳孝・研究専門員が古文書の写しを入手し、地震が城郭にどのような影響を与えたのかを解読した。

 マグニチュード8・4と推定される安政東海地震は、関東から近畿にかけて家屋倒壊や津波などの被害をもたらしたとされる。古文書では、松本城の城郭被害を大きい順に、潰れ、半潰れ、大破、損に分けて記録していた。潰れは、本丸埋門、本丸櫓(やぐら)、三の丸櫓などがあり、半潰れは本丸中雀門など。大破は、天守、本丸門、本丸裏門などだった。地震後、松本藩が幕府老中に城郭修復を願い出るため、被害状況を文書に残していた。ただ、大破などがどの程度の破損具合を示すのかは分からず、修復がどうされたかは具体的に記されていないという。

 安政東海地震松本城がどう被害を受けたかはこれまで分からなかったが、古文書を見た後藤さんは「被害の大きさに驚いた」という。ほか、1776年に城下の中町から城の中まで燃え広がった松本城下大火事や、大雨による洪水などの記述もあった。こうした幾多の災害を経て、松本城は明治時代を迎えた。

 明治期の松本城は過去の災害や経年によって、瓦や土台の柱が傷んでいたと推測されるという。明治後期の1903年から13年にかけて、大修理が行われた。修理前、松本城天守が傾いていたことはよく知られているが、後藤さんは「過去の地震被害で、傾きがより進んでいた可能性がある」と指摘している。

https://mainichi.jp/articles/20170509/ddl/k20/040/065000c

毎日新聞長野地方版2017年5月9日付記事より引用

松本城が傾くほどの大地震が江戸時代に起きていたことが分かりましたが、想像を絶する巨大なエネルギーが加わったのでしょう。現在の見事な姿を保ち続けたいです。(YUKIにゃん)